筑波の麓で健康な土で育つ滋味野菜を味わう
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作成日時 : 2009/08/27 06:29
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週末ファーマーが増加しているどころか、渋谷の女の子たちまでが秋田県で米づくりする時代になってきた。農家のほうも、若手がネットワークをつくってイベント企画を練ったり、都心で農家レストランを開くなど、めざましい活動ぶり。
命の源となる食べものの担い手と、食べる側である消費者がさまざまに交流するのはとても素敵だし、まして脱サラして農家に転進している人には頭を九十度下げて感謝したい。
茨城の久松達央さん。わたしが大おかみ(特別理事を仰せつかっています)として活動している「こめみそしょうゆアカデミー」で講師をお願いして以来の知り合いだが、この夏、こめみそしょうゆアカデミーのおでかけ会(略しておでかけ・こみしょう)で、土浦にある畑を仲間と一緒にようやく訪ねることができた。
秋葉原からつくばエキスプレスでつくば駅まで45分。スターバックスの隣に地元産品の売店が並ぶというミスマッチな駅の空間から地上に出ると、夏空だけは青々と広いものの、コンクリートやプラスティックの造形物が林立していた。だが、駅前から車で20分ほど北東へ走った土浦市藤沢集落には、まだ農村のたたずまいが残っていてくれた。マチの人間の勝手な思い込みではあるけれど、なんだかホッとした。
このあたりは、平成の大合併前は新治村といいい、筑波山麓を流れてきた桜川が霞ヶ浦に注ぎ込む少し手前に位置する。わたしがこの連載で郷土料理・しもつかれを書いたときに触れた筑西市下館や下妻市の南東にあたる。もしかしたら、ここにもしもつかれが分布しているかもしれない。
かつては養豚養蚕が盛んで、米、野菜もよくつくられていた。だが、東京に近いということは兼業農家が増える結果をももたらし、最近は農地を持て余している家も多いそうだ。そこへ、この土地に地縁血縁のある久松さんが脱サラしてやってきて、腰を落ち着けたというわけなのだ。
集落に入ると、どの家もみな庄屋か地主かと思うぐらい立派な門構え。久松さんに聞くと、
「見栄っ張りのせいか、家には金をかける主義らしいです」
と、ちょっとシニカルな言葉が返ってきた。こういうクールな分析が、彼の魅力のひとつでもある。それくらいでなくては、慶應大学経済学部卒業後、繊維メーカーを経て20代後半で農家に転進することなどとてもできないだろう。まして、農業に入って10年、40アールの畑を約7倍の2.7ヘクタールに伸ばして年間50種類もの露地野菜をつくることなど夢のまた夢である。
しかも久松さんは農薬と化学肥料を一切使わないし、アルバイトや弟子に手伝ってもらうことはあっても、基本的には一人で農業をしている。体は多少きつくても一人のほうが経営の無駄が出ないと割り切ったのだ。また、農業は夫婦でするものというのは既成観念にすぎず、家族の無償の労働力に頼るよりも頭を使って合理的に働くほうがいい、そして夫婦がそれぞれ別の収入源を持つべきだとも考えている。それで、同窓の奥さんは、東京・お茶の水の大学図書館に勤め、子供は協力して育てている。つまり、職業として有機農業を選んだというスタンスなのだ。
久松さんの畑は分散していて、最初に案内されたのはかぼちゃ畑。蓮のような大きな葉が緑の波をなし、その向こうの屋敷森の彼方は筑波山。そのあとは枝豆、トマト、きゅうりの畑を次々に回ったが、どの畑についてもじつによく説明してくれた。自分のやっている仕事の内容を自分自身でひとつひとつ確認していく作業のようにも思えた。ときには、一年間の修業を経て独立したばかりの弟子の山内生子さんにも説明させる。後ろで弟子の話を聞いてる姿は学校の先生のようだ。
ニッカボッカのようなパンツに地下足袋、頭には手拭いを坊主かぶりにし、Tシャツから伸びた腕は日焼けしてたくましい。そんな久松さんが、
「肥料は米ぬかがメイン。地中に微生物を増やす働きがありますからね。あとは鶏ふんやぼかし肥料。マルチシートの代わりに大麦を畑に植えておいて、枯れたらそれで畑を覆うといったこともしています。一人で多品種少量を無農薬で切り盛りしていくには、どの作物のどの工程をどのように手抜きするかを考えないといけないんです」
と、笑った。食品づくりで手抜きとは禁句のはずだが、土と向き合い、農薬や大型機械に頼らない農業では、頭脳労働も勝負のうちなのである。
ちなみに、久松さんが農業に進んだのは、田舎暮しへの憧れ。だが、農業研修をうけるうちに環境問題に取り組むようになり、農業をやる以上は、環境負荷が少なく、良質な作物を持続的につくる技術をマスターすべきだ──という結論に至った。有機農業はそのための手段であり、畑の中でうごめいているさまざまな生き物や微生物のパワーもしっかり借りて、安全でおいしい野菜をつくろうとしているのである。
おいしさについては、体が求めるものが本当においしいものというのが久松流の定義で、その気持ちは映画や音楽がきっかけという。『千と千尋の神隠し』のおにぎりのシーンや、ギリシア映画『桜桃の味』の台詞、矢野顕子の歌の「食べたものがあなたになる……」等々が彼の心の琴線に触れ、おいしくて栄養になる野菜でなくては野菜ではないと思うようになったのだ。
試食付きの畑の見学のあと、集落の集会所でのお昼の主役は、山内さんが腕をふるった夏野菜のカレーだった。ただただ懐かしいという気持ちを思い起こさせるトマト。肌のいぼいぼ感としなやかな食感の対比がおいしく、しかも緑の風味がいっぱいの四葉(スーヨー)系きゅうり。引き抜いて生でかじったらすかっと甘かったとうもろこし。莢からはじき出したままの生の豆を味わった枝豆。
ほかにも、茹でたてのとうもろこし、畑の栄養分が押し合いへし合いしているようなポテトサラダ、じゅわっとマリネ液が染み込んだ玉ねぎピクルス、などが並んだ。まるで農家レストランのようだ。
食後は、山内さんの話を聞いた。大阪に生まれ、老人ホームに勤めてから農業を志し、日本各地の農村を回ったあげくに、ここ土浦市藤沢で久松さんの弟子になったという波瀾の道のりである。縁もゆかりもない土地に単身で移住し、元気に楽しく農業をしているのだから、肝のすわった素敵な女性であることは間違いない。もひとつ、久松さんの指導力もすばらしいのであろう。
帰路、わたしは俳句の恩師に会うため、つくば市の学園都市へ立ち寄った。先生は女性なのに北見さとるという男名前の方で、85歳を越えても化粧とおしゃれを忘れない。俳句談義がひとしきり弾んだあと、案内されたのは農産物直売所「みずほの村市場」が敷地内で直営している「蕎舎(そばや)」。
筑西市から移築した古民家で、水車小屋で石臼挽きした常陸秋そばの十割そばは、田舎そばとマチの感覚がうまくバランスをとっていて、ちょうどつくばや土浦の土地柄をあらわしているような味だった。
店を出ると、庭の蓮池が桃色のみごとな蕾をつけていて、翌朝のあざやかな景色が想像できた。眺めているうちに、午前中に見た久松さんの畑のかぼちゃの葉と、蓮の葉がオーバーラップしてきた。(この項おわり)
雑草も食べもののうち夏野行く
千恵子
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